Baloon SMILES

システムの概要

我々は、オゾンやオゾン破壊に関連した分子からの放射電波スペクトルを観測し、それらの高度分布を求めることを目的とした、超伝導受信機搭載の気球システムを開発した。このシステムは BSMILES(Balloon-borne Superconducting Submillimeter-Wave Limb-Emission Sounder)と呼ばれる。図1にシステムブロック図を示す。システムはアンテナ系、較正系、光学系、受信機系、中間周波系、分光計、データ取得・制御系、姿勢検出系、電源系等より構成される。サブミリ波帯(650GHz 帯)の信号を、直径 300mmのオフセットパラボラアンテナで受けて、液体ヘリウムで4K に冷却した超伝導(SIS mixer: Superconductor Insulator Superconductor mixer)受信機(図2)でヘテロダイン受信し、スペクトルを音響光学型分光計で測定する。図3に光学系、受信機系、中間周波系(2004年観測時)を示す。観測データは搭載 PC の PC カードに記録され、観測終了後に海上回収される。観測は、平面鏡により観測ビームを仰角方向に走査し、高度分布を観測するリムサウンディングにより行われる。

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図1. BSMILESのシステムブロック図

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図2. (左)SIS素子の拡大写真、(右)ミキサマウント

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図3. 光学系、受信機系、中間周波系(2004年観測時)

ゴンドラには、姿勢を検出するために3 軸光ファイバジャイロと3軸加速度計が搭載された。電源にはリチウム 1 次電池が用いられた。ゴンドラサイズは約1.35x1.35x1.26m、重量はバラストを含んで約500kg、消費電力は約150Wである。図4にゴンドラの外観および放球時の荷姿を示す。ゴンドラは放球時には断熱のため、全面を厚み約100mmの硬質発泡スチロールで囲われる。発泡スチロールは海上落下時の緩衝材および浮きの役割も果たす。機器は、着水時の防水、放熱、ノイズシールド等のために、窒素ガスを封入した与圧容器に入れられた。

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図4. (左)BSMILESの外観、(右)放球時の荷姿

気球観測実験

独立行政法人 宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究本部(ISAS/JAXA)の三陸大気球観測所(岩手県大船渡市)において、2003、2004、2006年に放球実験が実施された。2003年の実験の主な目的は、第一にシステムの動作実証、そしてデータの取得・海上回収であった。翌年の実験は、観測分子種を増やしての観測、および海上回収された装置が再利用可能であることの実証、3度目は微量分子の日変化に着目した観測となった。3度の実験において、全てデータを取得することができた。

1. システム動作実証実験(2003年)

2003年8月27日に三陸大気球観測所における放球実験が試みられたが、全てのシステムを動作状態にして、放球場に出て約1時間30分経過した時に、分光計の電圧が突然落ちた。これはゴンドラが発泡スチロールで保温されていたため分光計温度が上昇し、取り付けられている冷却回路が働き、過電流が流れ、結果、電圧レギュレータが異常加熱され出力電圧が降下したというものである。対策として3端子レギュレータを介さずに直接電池で駆動するように電池を改造した。
8月30日午前6時22分、BSMILESはB80型(容積 80,000m3)気球により放球された。放球の様子を図5に示す。気球は放球後、高度を上げながら偏西風に乗って太平洋上を東に移動し、約2時間50分後にレベル高度33.8kmに到達した。成層圏に到達後、気球は逆向きの風に乗って日本側に向かって戻り始めた。観測は水平浮遊高度(31km~33.8km)に到達してからの約3時間行われた。観測中、ゴンドラの姿勢(ロール、ピッチ)は0.01°以上の精度で安定していた。高度プロフィル、飛行軌跡を図6に、観測範囲を図7に示す。観測範囲は三陸沖を中心に、半径約550kmの領域となる。上昇中の外気は最低-80℃程度にもなるが、ゴンドラ内の温度は、発泡スチロールで全体を断熱していたため、最低でも0℃をわずかに下回った程度で、レベル高度に到達してからは約10℃程度であった。機器温度も全て動作温度範囲内であった。飛行中のDSBシステム雑音温度は、624-639GHzの範囲で460K以下(最良値330K)であった。

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図5. BSMILESの放球の様子
(左上)放球台に設置された観測装置、(右上)B80型気球、 (左下)気球の立ち上げ、(右下)放球直後

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図6. (左)高度プロフィル、(右)気球の飛行軌跡

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図7. 観測範囲(三陸沖を中心とした半径約550km)

観測は気球が宮古湾上空に到達した11時45分に終了し、地上からの指令で機器を気球から切り離した。機器は宮古湾沖約40kmの海上にパラシュートで緩降下し着水した。着水したゴンドラは、海上では正常な姿勢を保って下半分が海中に潜り、やや傾いた状態で浮いていた。船とヘリコプターにより回収した機器を調べてみると、上半分はほとんど海水に浸からなかった様子で、また与圧容器に入れた機器は全て防水されていた。観測データの記録されたPCカードも無事回収された。気球本体も回収された。ゴンドラの損傷箇所としては、フレームの一部が湾曲したこと等があるが、下部のフレームと発泡スチロールが破損することで落下時の衝撃を吸収し、ゴンドラ内の機器に著しい機能的損傷を与えなかった。ゴンドラ回収の様子を図8に示す。

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図8. (左上)回収船、(右上)ヘリコプターによる回収、(下)回収後の機器のチェック

観測で得られたオゾンと一酸化塩素のスペクトルを図9に示す。観測ビームを仰角方向にスキャンすることにより、異なる高度でのデータが得られている。高度の違いによる、スペクトル線幅の圧力拡がりの違いも見られることが分かる。図10に観測されたスペクトルから得られた高度分布を示す。オゾンゾンデにより観測されたオゾン高度分布と一致している。
この観測により、日本上空の中緯度帯においてオゾンと一酸化塩素の高度分布を得ることに成功した。またこのシステムは、超伝導を用いたサブミリ波(650GHz)帯の高感度受信機、SIS mixerを搭載しているが、650GHz帯の超伝導受信機が気球に搭載されたのはこの実験が世界でも初めてである。

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図9. 観測によって得られた様々な高度におけるO3、ClOのスペクトル

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図10. 2003年の放球観測の結果得られたO3、ClOの高度分布

2. 観測及び再利用実証実験(2004年)

2003年の実験後に海上回収された機器は、観測帯域の拡大、観測分子種の増加、観測効率の向上等の改良が施された後、2004年9月7日の早朝に放球された。機器の改良により若干重量が増したことから、前回よりサイズの大きいB100型(容積 100,000m3)気球が用いられた。気球はレベル高度35kmに到達し、その後徐々に30km程度まで高度を下げながら飛行し、18時45分に地上からの指令で機器を気球から切り離し、船で回収された。
放球後システムは正常に動作していたが、レベル高度に到達して約1時間30分後に液体ヘリウムが無くなり、その時点で観測は終了した。液体ヘリウムの早期消失の原因の可能性として、液体窒素注入ポートに取り付けた保圧弁用の締め付けが若干弱かったことによるシール面の接触が不十分であったこと、または、保圧弁の設定圧が前回の実験で低下していたこと等が考えられる。
図11に得られたスペクトルを示す。オゾン、オゾン同位体、HCl、HCl同位体、HO2 等が観測された。この実験で、HO2という観測が困難と言われている微量分子の短時間観測に成功した。また、2003年の実験で海上回収された装置が再利用可能であることが証明された。

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図11. 2004年の観測で得られた
(左)O3, HCl35, HCl37等、 (右)HO2のスペクトル(積分時間約1分)

3. HO2の日変化観測(2006年)

HO2はHOX(H, OH, HO2)グループに属するラジカルであり、成層圏オゾン破壊のみならず、上部成層圏の水蒸気量とも大きく関連していることで、対流圏から中間圏における大気化学にとって重要なラジカルである。1997年8月に衛星から行われたOHの観測から、HOXジレンマと呼ばれる問題が提起された。これは、観測されたOHの存在量が従来のモデルより上部成層圏(35-50km)から中間圏(50-80km)においては少なく、逆に高度45km辺りを境に成層圏においては多く、それがどのようなパラメータを用いても説明出来ないというものである。HOXジレンマが生じる原因として、モデルが不十分である(鍵となるまだ知られていない反応がモデルに含まれていない)ことや、観測が不十分であること等が言われているが、現時点ではHO2、OH等の観測が少なく、問題が未解明のまま存在している。例えばHO2の観測が少ない理由として、その存在量が極微量であり、また時間とともに大きく変動する(夜間は昼間の1 %以下にまで減少すると言われる)ため、その検出が困難であることがある。しかし、我々の高感度受信機は2004年の観測では昼の1.5時間程度の観測(1つのスペクトルの積分時間は約 1分)でS/N~10(rms ノイズレベルは70mK)でHO2の検出に成功している。従って、昼夜にわたる観測により、その存在量の日変化を測定することが出来る。これまでほとんど行われたことのない中緯度帯でのHO2の日変化の観測により、HOXジレンマやオゾン破壊における水素酸化物ラジカルによる光化学過程が解明され、オゾンの将来予測等のためのデータが得られることが期待される。

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図12. 2006年の観測で得られた放射電波スペクトル

2006年9月4日6時28分、BSMILESはB200型(容積 200,000m3)気球により放球された。気球はレベル高度37.9kmに到達し、約 2 時間の観測の後、機器は気球から切り離され回収された。機器は全て正常に動作し、スペクトルデータが得られたが(図12)、この観測の主目的であったHO2の日変化観測は、上空の風の条件や受信機の状態により十分には達成することが出来なかった。今後の観測が期待される。

まとめ

気球搭載型の超伝導を利用したサブミリ波帯高感度受信機システム(BSMILES)は、オゾンのみならずその破壊に関連した微量分子、または温室効果ガスとの同時観測の出来る装置であり、国際的に見ても数少ない有力な大気観測装置の一つである。高感度受信機を搭載していることで、これまで観測が困難であった微量分子の短時間観測が可能になり、未解明であった成層圏における光化学過程の解明等に大きく貢献することが期待出来る。さらに将来的にはテラヘルツ帯の受信機を搭載することで、OHラジカルの観測が可能となる。また 2009 年に打ち上げ予定の JEM/SMILES の検証観測としての役割も期待される。また、このシステムを用いることで天体観測も可能である。


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